ガイヘル

ガイヘル。

特に知的障害者のガイヘル。

先日あったこと。

こんなことはよくあることだが、ちょっと考えてしまう。

映画にいった。

彼は声がでかい。言葉はない。

うなり声と笑い声が主。

映画は、日本映画で、役者の仕草や表情がかわいかったり、おもしろかったりで、みんなくすくす笑いながら見るような映画。

けど、彼にはくすくすかみころして笑うということができない。

だから、「ガハハハ」「アー」「ワー」といって笑う。

それもしょっちゅう。

単純にいえば、とっても楽しんでいる。ほんま楽しんでいる。


けど、映画館の人から文句が出た。

「静かにしてもらわないと、出ていってもらうことになります。(後日分のチケットはもらえるらしい)」

「みんなで見てる映画ですので、他のお客さんの迷惑になります」

などと。それも、2回も。


まぁ、ぼくは、必死でかみころして笑ってもらうよう、努力した。
大きな声が出そうになると、「シー」と口に人差し指をたて、なんとか噛み殺してもらおうと。

なんとか、最後まで見れたけど、なんかぼくはしっくりこないものが。


正直いえば、どっちの言い分も分かる。

映画館は、みんなの場所だけど、自分一人の空間に入って見る、という人も多い。
自分一人で、楽しみたい、と。

集まった人みんなで楽しむ場所というわけでもなかろう。

一人で静かに映画を楽しみたい人にとっては、彼の声は迷惑であろう。

ただ、彼も、彼一人の楽しみを享受していたことは確かだ。ともに笑っていた場面もあったけど。

彼の楽しみ方は、他の人にとっては迷惑になる。

けど、他の人が多数たばになって、彼の声を迷惑だと言ったとする。そしてそれが今回の映画館の対応だ。

そうだとすると、彼は映画を見れないことになる。

それは、あかん。

映画は、みんなのものだ。

そして、彼は映画をほんまに愛している(はず)。


だとすれば、どういう環境づくりをすればいいのか?

走り回る、大声を出す、などなど、映画館をなんでもありの空間にするのがいいのか?
沈黙を好む人には、個室を用意するとか。

あるいは、なんでもありの空間を別に用意するのがいいのか。
ここは、少々騒いでもなにしてもいい、お祭り騒ぎの空間だ、と。


などなど、ちょっとした間にいろいろ考えた。

大きな課題やね。

社会のマナーとか、ルールとか、規律のあり方に関わってくる。

しつけに厳しい保守系の人は、きらうだろうね。

けど、なんでもありでいい、とは、ぼくも思わない。

どこかで、ある種のマナーやらルールはある。その線引きが、難しい。

ほんまに。

けど、ぼくは、そのマナーとかルールとかも、彼らとともに生きていく中で、新たに作りかえていくべきものだと思っている。

だから、彼らが外に出ることによって生じる社会との葛藤は、決して隠ぺいするのではなく、どんどん顕在化していけばいいと思っている。