書評『福祉と贈与―全身性障害者・新田勲と介護者たち』

以下は、『リハビリテーション』(鉄道身障者福祉協会)の2014年2、3月合併号に掲載される予定の原稿の予定稿(草稿)。
字数制限があったので、かなり表現は絞りました。
個人的には、一章ごとにコメントいれていきたくなるような、内容充実の本です。
思い入れの強い本なので、これだけ書くのにも、けっこう精魂使ったー。

図書紹介
『福祉と贈与―全身性障害者・新田勲と介護者たち』(深田耕一郎)

福祉と贈与―全身性障害者・新田勲と介護者たち

福祉と贈与―全身性障害者・新田勲と介護者たち


 新田勲―この人のことを知る人は、障害者運動をやっている人々の中でも、どのくらいいるのだろうか。

 1940年に生まれ、まもなく脳性まひを受傷、70年代前半に府中療育センター闘争を苛烈に闘い、その後、東京都内で介護者を入れての地域自立生活を開始し、東京都や厚労省に24時間介護のための介護料を要求、以降たゆむことなく行政交渉を行い、90年代には24時間介護保障を獲得。現在の日本の障害者介護保障制度の礎をつくった唯一無二の人だ。晩年も、がんとの闘病生活を闘い抜き、終始重度障害者の立場から、「いのち」の保障をうったえ続け、そして昨年2013年1月に、ふっと消えてなくなるかのように、息をひきとられた。

 近年、「自立生活運動」といえば、自立生活センター(CIL)の活動が華々しいという印象を抱く人が多いだろう。CILの日本での創設者の一人中西正司氏は、上野千鶴子さんとの共著で『当事者主権』を書き、その中でCILは「次世代型福祉の核心」とまで言われている。なおかつ、CIL系の運動は、まだ長時間介護保障のない地域で、重度の障害者の自立生活やそれに必要な行政交渉をサポートすることで、地域での24時間介護保障を次々と実現させている。

 だから、CILが24時間介護保障を勝ち取ってきた団体のように思われる向きもあるが、介護保障運動の歴史をかえりみれば、それはかなり一面的な理解でしかない。
 はっきり言えば、アメリカ由来のCIL系の運動だけでは、日本に公的な24時間介護保障は根付かなかっただろう。軽・中度、あるいは資力のある障害者の自立生活のみが可能となっていたかもしれない。


 本書『福祉と贈与』は、日本における障害者介護保障の礎を築いた全身性障害者・新田勲のライフヒストリーを詳細におい、また彼のもとに集った介護者や障害者からの聞き取りをもとに、彼がどのように介護者と「ともに生きる」自立生活を営んできたか、彼が生涯を賭して追及してきた「福祉活動」とはなんだったのか、そして、それを現在とりあげることにどのような意義があるのか、などについて記された、大部の力作である。

 ところで新田勲が都や厚生省に対して強烈な交渉力を発揮し、さまざまな制度保障を獲得したにも関わらず彼のことがさほど世間で知られていないのにはそれなりのわけがある。

 本書では、中西らの運動は「表の、かっこいい運動」と言われるのに対して、新田らの運動は「裏の運動」と言われる。またCIL系が合理的でかっこいい「モダン・サイド」のグループと言われるのに対して、新田らのグループは土着的な、義理人情の「ヴァナキュラー・サイド」のグループと言われる。新田にはいわば障害者運動の「裏の世界」の親分的なところがあった(新田は本書の中で多くの人から「アニキ」と呼ばれている)。

 新田らの運動は、障害者と介護者が「ともに生きる」コミューンを志向したものであった。そして、その間柄の中で、障害者・介護者双方ともに、みずからを相手にさらけ出すこと、お互いに相手のことを真に思うことが求められた。当然、その関係は、ときに喜ばしいこともある反面、ときに息苦しく、厳しいものがある。またその人間関係はしばしば特定の間柄で終わり、普遍化しない。

 だから、CIL系の運動は介助を手段、サービスとしてとらえ、あえてその人間関係を捨象することで介助サービスを普遍化させる道を選んだ。そこに特定の人間関係、義理人情はあえてもちこまれない。

 しかし、他者の身体に触れ結びつく介護という営みにおいて、その人間関係や人間的感情をどれほど捨象できるだろうか。近すぎる介護はときに暴力でもあるが、またときにエロスを感じさせるものでもある。

 新田らは、「いのち」を他者にたくすことでしか生きられない重度障害者の立場から、あえて後者のどろどろした人間関係にもとづく「福祉」の道を歩んだ。それは運動の創成期の混沌でもあったのだろうが、おそらく生命そのものがもつ混沌をも表しているのだろう。そこには法外な悦びと苦しみが同居している。

福祉はドラマティックである、「ぶつかりあいの人間ドラマ」である、その「福祉の世界へようこそ」、と本書は説くが、どんなに福祉のサービス化が進んだとしても、福祉が「いのち」の営みである以上、そのドラマはついえることはない。ドラマをふたたび福祉の世界へ呼び戻すために、ぜひ多くの人に本書を手にとってほしい。



【参考図書】

『愛雪―ある全身性重度障害者のいのちの物語』(新田勲著)
新田さんの自伝。苛烈なまでに情熱的な物語。たくさんの女性が登場します。

愛雪(上)

愛雪(上)


『足文字は叫ぶ!―全身性重度障害者のいのちの保障を』(新田勲著)
新田さんの運動の軌跡を描いた本。歴史的資料も多く掲載されており、介護保障に関心のある人は必読!

足文字は叫ぶ!―全身性重度障害者のいのちの保障を

足文字は叫ぶ!―全身性重度障害者のいのちの保障を


『介助者たちは、どう生きていくのか―障害者の地域自立生活と介助という営み』(渡邉琢著)
第3章、第4章の障害者介護保障運動史で、障害者運動のさまざまな潮流の離合集散がコンパクトに描かれており、新田さんらの運動が、障害者運動の全体像の中でどの辺に位置しているのか、また介護保障の制度がどのようにつくられてきたかについて、けっこう勉強になるし、おもしろい。

介助者たちは、どう生きていくのか―障害者の地域自立生活と介助という営み

介助者たちは、どう生きていくのか―障害者の地域自立生活と介助という営み